わんちゃん専門 フォトスタジオ
愛犬と一緒に 遊びながら撮影できる 家族写真
 
2020年6月 東京都杉並区にNEW OPEN!
 

 

大好きな夫婦に会いにいく
 
東京都杉並区、西武新宿線下井草駅から歩いて5分、落ち着きのある住宅街の一角に、犬専門の写真スタジオがオープンした。目印は木製のドアに大きな窓、風に揺れる犬の描かれた白いタペストリー。ある秋晴れの日、僕はスタジオを訪ねた。まだ朝の澄んだ空気をまとったままの店先で迎えてくれたのは、写真家の堂園博之さんと絵描きの伸子さん夫婦。その腕の中には、愛犬のモルバンが眠たそうな顔で丸まっていた。
 
 ふたりはもともとこの場所で、主に人物撮影を行う写真スタジオを運営していた。写真の仕上がりはもちろん、ふたりの人柄に惹かれた地域の人たちが気軽に立ち寄れる社交場としての機能も果たしていたように思う。数年前に関東へ拠点を移したばかりの僕にとっても、自然体で接することのできる大切な友人であり、困ったときに相談できる写真の良き先輩でもある。穏やかで人情深い。それでいて心の奥に絶えず情熱を灯し続ける、そんなふたりの静かなエネルギーに僕はどうしても惹かれてしまうのだった。

 2020年6月、ふたりは犬専門の写真スタジオ〈わんわんありがとうの日〉をオープンさせた。その知らせは、僕にとって驚きでもあり、同時にどこか自然な流れのようにも感じた。博之さんは写真を撮るとき、被写体となる人物の自然な表情や仕草に物語を感じてピントを合わせることに喜びを感じるのだと言う。ポーズを決めたり、こうあるべき、という正解を求めた写真ではなく、被写体の魅力がにじみ出る瞬間を捉えた写真、つまり自然に感情が動いた時にシャッターを押すのが好きなのだと。
 
 その眼差しはやがてふたりが飼いはじめた白文鳥のベックに向けられた。その小さな生き物が見せる繊細な表情の変化、コンマ何秒の世界に潜むユニークな仕草。そんな白文鳥ベックとの日々をミニマルに捉えた写真を継続して撮り続けている。そこに伸子さんのイラストをクロスオーバーさせた作品「BECK」がSNSなどを介して人気を呼んだ。そのひとつの結果として、EINSTEIN STUDIOが発行するアートブック「NEW JAPAN PHOTO 5」に入選。「いま世界に紹介したい日本の写真家」として海外9カ国で開催された展示会で作品が紹介された。昨年にはプロジェクトの集大成ともいえる写真集を出版している。
 
 「動物とは、撮影者としての自分を意識することなくまっすぐな感情のまま向き合えるんです。例えば初めて会った人にありのままの感情をぶつけることは僕には難しい。そういったコミュニケーションの観点でも、動物たちはもっとも自分に適した被写体なのだと気がついたんです。」そう話す博之さんにとって、写真スタジオをリニューアルすることは、写真との向き合い方をより具体化していくための大切な決断でもあったのかもしれないなと思った。

愛情を伝える日
 
 〈わんわんありがとうの日〉。僕は新しい写真スタジオのネーミングが気になって、その由来を聞いた。「最初は出張撮影からはじめた経緯があって。撮影の日を、例えば“母の日”のようなものにしたかったんです。直接は伝えにくいけど、撮影を通して飼い主さんがわんちゃんに愛情を伝えられる日。そんな大切な日のイメージです」。そんな伸子さんの言葉に、なるほどふたりらしいなと素直に思えた。
 ふと、博之さんの腕の中でさっきまで眠たそうにしていたモルバンが黒豆のような瞳を輝かせた。きっと散歩に行こうと誘っているのだろう。僕らは温かな日差しの中、彼らが歩くいつもの散歩道を辿りながら話の続きをすることにした。

縁が縁を呼んで
 
 ところでどうして“犬”なのだろう?その経緯について、博之さんはこう話してくれた。「おもしろい偶然が重なったんです。ある日撮影にいらっしゃったお客さまが帰り際に、実は2頭のミニチュア・シュナウザーと暮らしていて、今度シュナの集まる誕生会を企画しているので出張撮影をお願いしたいという依頼をいただいて。さらに近所のお客さまから同じくミニチュア・シュナウザー3頭の撮影依頼をいただいたんです。わんちゃんを撮影できるスタジオが少ないんですとお困りの様子だったのも印象的でした」。後日行なった出張撮影会では、2時間で14組もの撮影を行なった。さらにこの経験を機に、スタジオでも犬と一緒に撮影ができる日を設け〈わんわん ありがとうの日〉と題したイベントを開催。従来の人物撮影を上回る反響の大きさにふたりは驚いたという。「飼い主の方々が撮影したわんちゃんの写真を見て喜ぶ姿に思いのほか衝撃を受けましたね。写真ってこんなに喜んでもらえるものなんだって、ふたりで感動したのを覚えています」。
 
 増えていく“わんちゃん撮影”の需要をひしひしと実感していた最中、コロナの影響に見舞われた。営業自粛のため結果として2ヶ月間の休業を余儀なくされた。しかしふたりはこの緊急事態宣言が解除されたタイミングでリニューアルオープンを行う決意を固めた。「わんちゃんの誤飲を防ぐために観葉植物を移動させたり、飛び出しを防ぐ柵を取り付けたり、撮影したわんちゃんの写真を等身大で展開できるアルバムの商品開発なども行いました。いっそこの休業の間にスタジオの設備をしっかり見直して、安心して依頼主の愛犬たちを迎えられる仕様にしようと気持ちを切り替えることにしたんです」。

犬と暮らすこと
 
 リニューアルオープンを目前にしたふたりに、愛犬モルバンとの出会いがあった。「わんちゃん撮影をやっていくうえで、犬と暮らす飼い主の感情や目線をちゃんと知ることが必要だと思っていました。そんな時、ご縁があって僕たちのもとにモルバンがやってきたんです」。伸子さんが続ける。「ペットショップのケージで眠る姿に一目惚れでした。抱かせてもらうと、人懐っこくて、無邪気なはしゃぎっぷりが本当に可愛いかった。それがある種生きるエネルギーの塊のようにも感じて。もうこの子しかいない!とふたりですぐに決断しました。モジャモジャの白い毛がなんだか芸術家みたいだねって。それで名前は私の大好きなフランスの画家、エルヴェ・モルヴァンにちなんだモルバンはどうかなと夫に相談しました」。それからふたりの暮らしは一変。日々の散歩やしつけトレーニングに悪戦苦闘しながらも、スタジオが休みの日は犬と一緒に行ける場所やお店を探しては、実際に体験してみる日々が続いた。
 
 「犬との暮らしって歴史を遡ってみると、ずっと前からあって。だからそのライフスタイルについてもすでに確立された世界があるんだろうと思っていました。だけど実際に犬と暮らすようになって実感したのが、まず犬と一緒に行ける、あるいは行きたいと思う場所が意外に少ないこと。また犬の情報の質や量、その傾向も飼い主によって大きな違いや偏りがあったりすることに驚きました。だからこそ、今僕らが感じている“あったらいいな”と思える情報やサービスを形にする意義を感じますし、困ったなと思うことを一緒に解決していける場所になれたらと思うんです。フォトスタジオという概念にとらわれることなく、犬と人の暮らしに寄り添えるような場所を作れたら幸せですね」。
 
 そんなふたりが実際にスタジオに取り入れたサービスの一例として、パピーパーティーというイベントがある。月齢6ヵ月までの仔犬にとって重要な社会化期に、吠えや噛みつきといった問題行動を抑制するため、同月齢の仔犬たちと触れ合いながら社会化を進める会だ。ふたりは実際にかかりつけの動物病院が主催するイベントに参加したのち、これをスタジオでやってみようと企画を発案。さっそく信頼できるドッグトレーナーと協働し、家族写真つきのパピーパーティーを開催した。

幸せな仕事
 
 散歩道の終着点は、近所ではここだけだという犬と過ごせるテラス席のあるパン屋さんだった。博之さんと伸子さん、そしてモルバン。その姿はまさにひとつの幸せな家族そのもので、同じように犬と暮らす家族とこれからたくさん出会っていくのだなと思うと、なんだか嬉しくなった。「わんちゃんがいてくれるから、職業も肩書きも、年齢も分け隔てなく、誰とでも『可愛い!』を共鳴しあいながら写真が撮れる。なんて素敵な世界を見つけてしまったんだという気持ちです」。最後にぽつりとこぼした博之さんの言葉が物語るように、ふたりの深い愛情と優しさに支えられたクリエイティビティが最大限に生きる場所として新たなスタジオが生まれたこと、そして彼らの仕事が、多くの人たちの心を動かし、愛されていること。それはなんと素晴らしいことだろうか。僕はまた写真という行為の新たな可能性を目撃したような気がして嬉しくなった。

Photo Essay
犬と人が暮らすとき
写真・文/西山勲